2015/09/28

トチノキの実

朝日に銀色の髪をキラメかせながら、いたずらを仕掛けるかのように歩を忍ばせつつ、ご近所のご婦人が私にそっと近づいてきた。
そして、手のひらにのせた丸いモノを差し出しながら、「これが何の実かご存じ?」となぜかヒソヒソ声。

ゴミ出し中の私は、眠い目をしばしばさせながら「トチノキでしょう。餅の原料になるけれど、つくるのはたいそう面倒らしいですよ。」とつられて密談のような声音で返事をした。

かの栃餅の原料であることにすこぶる感心しつつ、ご婦人はニマニマしながらその日の散歩途中に拾った実を、半分の三つ、私に手渡すと帰ってゆかれた。

私もニマニマしながら、頂戴したトチノキの実を玄関の下駄箱の上にかざった。ご婦人はつい最近、半世紀を共に過ごしたご亭主に先立たれたばかりだが、身近な植物観察は復活されたご様子。


2015/09/23

クロツヤムシの奇妙な同居人

クロツヤムシ科は熱帯を中心にはびこって朽ち木を食う虫で、およそヒトの世と縁は無く、クロくてツヤがあるムシだ。だいたいがダニったかりな連中だが、キタナくはない。

日本にも一種だけ、有名なツノクロツヤムシ Cylindrocaulus patalis がいて、四国や九州の一部のブナのある山地だけでひっそりと暮らしている。
熱帯系の昆虫というのなら、沖縄あたりにも生息していそうなものだが、なぜかみつかっていない。
そこは中生代あたりからのカラミがある説明困難で地理的な事情がナニして、現在の分布が生物地理的にアレなことになっていると思われる。





クロツヤムシ科に寄生、あるいは便乗しているダニ類については、多くのダニ学者により詳しく調べられていて、独特な多様性があることが知られている。

徳島県でツノクロツヤムシを採集したことがあったので、古い標本から同居しているダニ類を取り出して観察してみた。
トゲダニ亜目が数個体と、ヒゲダニの一種のヒポプスが1個体みつかったが、やはりツメダニはみつからない。

トゲダニ亜目は、ミヤタケクロツヤムシダニ Acaridryas miyatakei (クロツヤムシダニ科 Diarthrophalliae )だった。
日本でクロツヤムシダニ科 Diarthrophalliae は、この1種が知られているだけだが、世界からは約22属70種も報告されている。

矢印位置に奇妙なラボウルベニア目が付着していた。
スパイダーマンの敵キャラが使う触手みたい。


以前、この菌類を各種とりまぜて示してある細密な図版を見たとき、そんなバカなカタチの菌なんてあるわけがなく、マックス・エルンストかレオ・レオー二の落書きでしょと本気で思っていた。



ヒゲダニの一種は顎体部がムーミンの吻みたいでScolianoetusぽいけれど、このあたりはどの属もよく似てるし、標準的な種ですらちゃんと見たことがないのでなんともいえない。

2015/09/15

クロツヤムシのダニ

60個体くらいにはなるだろうか。
昨年からやってる甲虫のツメダニ探しにつかった標本数は。

みじんほどの手がかりもつかめず、甲虫のさやばね下空間の探索はかなりイヤになりつつある。

みんながいらないセロファン包みシリーズの最後として、台湾のクロツヤムシ Ceracupes sp. を調べてみたが、これもダメ。
小型でも勇壮な外観。なぜに人気が薄いのか 



Heterocheylidaeなどという、ひどい乱視のひとが遠目にみれば、そこはかとなくツメダニに似ているといいそうなダニがみつかっただけだ。
Heterocheylus sp.


偏光で観察すると第二脚のツメが光って不思議。


先日のアフリカ系ゾウムシのコウチュウダニ類は、まったく関連資料が見つからなかったが、Heterocheylusはいくつか論文をネットでみつけることができた。
ダニとクロツヤムシには、種ごとに特異的な関係があるので、系統や進化、昆虫地理学などを考える材料にされたりしている。

論文のなかの研究者が調べたクロツヤムシの個体数を知って腰を抜かした。

7000個体!




参考文献
Schuster. R. O. and M. M. J. Lsyoipierre. 1970. The mite family Heterocheylidae
TRAGARDH. Occasional Papers, California Academy of Sciences 85:1-42. 

2015/09/13

ダニの動く城

セロファン包みのアフリカ甲虫で、ツメダニ探しの続き。

今度のヤツはどことなくオオゾウムシみたいな雰囲気で、ジンバブエで採れたもの。
このあたりのゾウムシの分類は、近年見直す研究が増えているそうだが、たくさんの細かい相違に目をつぶりさえすれば、個人的にはオオゾウムシでも全然かまわないと思う。

さて、さやばねの下の隙間をほじってみると、やはり、マラウィのアンキロサウルス似ゾウムシに付着してたのと同じような前ふ節のコウチュウダニぽいのがいた。
ただしコチラは背板が厚くて細かな紋理があるので、どうみても別種。
こいつらが、アフリカのダニ学者たちからなんて呼ばれているのか知らないが、異質な感じのダニ類だ。
アフリカとなるとさすがにヘンなのがいる。

体部後端の毛は矢印位置あたりまでくねくねと伸びている。

ツメはやっぱり十字型。

10個体ほどいたが、この種も雌しかいなかった。まさか単性生殖?  よくみたら雄。
(10個体の中で、形よく足を広げているこの写真の個体だけが♂だった・・・。眠たかったんか?)



ホストのゾウムシのさやばねは左右が癒着しているし、腹端の嵌合部にも短剛毛がフィルタのように密生しているので、外部からダニが簡単に入り込めそうにない。
とすると、これらのアフリカゾウムシダニが拡散するチャンスは、ホストが成虫なら交尾の時、ホストが幼虫期なら産卵から羽化にかけての期間しかないということになる。

外部から閉ざされたまま移動する城の中で、ダニたちはどんな暮らしをしているのだろう。

2015/09/10

またもやハズレ

セロファン包みの外国産昆虫標本を、少々持っていることを思い出した。どう始末すればいいのかわからないような、地味で小汚いコガネムシとかゴミムシダマシ、ゾウムシなどなど。
普通にいるらしいけれど分類が困難で、しかも触角とか脚とかが破損しているという、誰も欲しがらない要素満載の素敵な虫たちだ。
虫コレクターたちがお互いに押し付け合い、流れ流れて私のところにたどり着いた感じ。

まことに申し訳ないと思いつつも、寄る辺なき標本たちを一部解体させていただき、ツメダニがくっついていないかと調べてみた。
土くれではなくゾウムシ。マラウィ産とラベルされている。
膨大な種を擁するBrachycerusという属らしい。



よくよくみるとアンキロサウルスみたいで格好良い。
矢印位置の白い点は、さやばねの内部空間にいるダニ。


残念なことに、まったく分らないコウチュウダニらしきものが出てきただけだった。ミズコナダニみたいな脚だが、前ふ節にちゃんとした尖ったカギヅメがなく、ヘンテコリンな形の小さい爪間体があるだけ。属なんてサッパリ分らない。大抵のコウチュウダニは爪間体が発達しているのに、こんな脚でちゃんとホストにくっついていられるのだろうか。
それともホストのさやばねの下は密閉性が高いので転げ落ちたりしないので、安心して脚をいい加減な構造にしているのかもしれない。

一応、捨てるのも忍びないので、これも勉強の一つと思って簡易プレパラートにした。

コウチュウダニの顔をしていない。
でも胴背の毛の配列からは他にやりようがない。


スゴく短足だし、卵胎生

十字型の爪間体・・・なんじゃこりゃ。


ツメダニもでてきてほしい。
あきらめずに、ムリムリ時間をつくって、さらに他の虫もみてみよう。


2015/09/07

星のあかり

ダニを偏光フィルターを通してみることの面白さは、アクチノピリンを含む毛だけにとどまらない。
通常光での観察では分らなかった顎体部などの構造について、様々な示唆がえられたりすることもある。
体内の消化管内容物で、強い複屈折がみられる種もいる。
脚などの外骨格でも複屈折が多少はみられるので、偏光フィルターをうまく使うとコントラストがしっかりした標本写真を作成できる。




京都の古い米穀店室内で採集されたニクダニ科のCtenoglyphus plumiger (Koch, 1836)。
こんなふうに撮影すると、宇宙から来襲してくる怪獣のようだ。


2015/09/06

ぴりん?

偏光(透過光)で観察すると、毛に複屈折がみられるかどうかということで、ダニ目(ダニ亜綱)は2群に分けられている。
複屈折の有無が分類の鍵になっている動物群なんて、他にも何かいるのだろうか?
一部の金属光沢を有する甲虫は、反射光が円偏光でどうのこうのという話はあるけれど、透過偏光でないとわからん分類的区別点なんて聞いたことがない。そういえばセンチュウでも、複屈折をみたことがあるような気がするが、記憶が定かでない。

ダニの毛の複屈折がみられる物質は、アクチノピリンactinopilin (あるいはアクチノキチンactinochitin)というタンパク質らしい。
ピリンなんて風邪に良く効きそうな名前だが、感冒薬のほうはpyrinだ。
アクチノピリンって、どういう機能をもったタンパク質なんだろう。

同定しようとしているシラミダニの仲間(たぶんPyemotes tritici)を偏光でみてみた。丸い胴感毛やツメが複屈折で光ってみえてキレイ。こういうのをみてると、やっぱりダニは昆虫と遠い存在なんだとしみじみ思う。


2015/09/05

何かが壁をやってくる


カビを食べる虫って、カビなら何でも食べられるってわけでもないし、環境が少し変わると姿を消す。
そのくせ、彼方や此方の目立たぬところで、したたかに暮らしているので、結局のところ虫嫌いの人には難敵だ。
カビ情報をドコで入手しているのか知らないが、食材の粉が舞い、良い感じの汚部屋になると必ずカシヒメチャタテが姿を現す。